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武庫豊町校お知らせ・ブログ

2023.12.22

【歴史の人物紹介のコーナー】北条早雲とは

こんにちは、スターアップ武庫豊町の小谷です。今日は戦国武将の1人である北条早雲について解説していきます。

北条早雲は鎌倉時代の北条氏とはまた別なので注意しましょう。

北条早雲(ほうじょう はやくも)は、戦国時代の武将で、北条氏の初代当主として知られています。彼は北条氏の興隆の基盤を築き、鎌倉幕府に仕える一方で、独自の勢力を拡大しました。以下に、北条早雲の主な経歴や業績について簡単に説明します。

経歴と業績:

  1. 生い立ち:
    • 北条早雲は、1519年に駿河国の小山田氏の出身として生まれました。彼の父親は北条氏康で、氏康が武田信玄の家臣として仕える中で、早雲も武田家に仕えることとなります。
  2. 武田氏への仕官:
    • 若い頃、早雲は武田信玄に仕え、武田軍の中で戦功を挙げました。その中で、武田氏の家臣として経験を積み、信玄の信任を受けました。
  3. 駿河北条氏の興隆:
    • 戦国時代に入ると、北条早雲は駿河国での勢力を拡大し、自ら「北条」の名を名乗るようになりました。氏康の死後、北条氏の家督を継ぎ、北条氏の初代当主となりました。
  4. 駿河の守護として:
    • 早雲は、駿河国の守護としての役割を果たし、地域支配を強化しました。また、甲斐武田氏との戦いや、後北条氏としての体制確立に尽力しました。
  5. 関東進出:
    • 1560年代には、北条氏の勢力を関東にも広げ、武蔵国や上総国に進出しました。この頃、北条氏は鎌倉を拠点として、関東地方での勢力を拡大していきます。
  6. 没年:
    • 北条早雲は、1571年に死去しました。死後は嫡男・北条氏康が北条氏を継ぎ、その後の北条氏は駿河国や関東地方での勢力を一層強化していくこととなります。

北条早雲は北条氏の基盤を築き、その後の北条氏の発展に大きな影響を与えました。彼の事績は、戦国時代の動乱期における関東地方の戦国大名の一翼を担った重要な武将の一人として評価されています。


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