武庫豊町校お知らせ・ブログ

2023.12.13

寒い時期のお供:お鍋

こんにちは

スターアップ南武庫之荘校の教室長の島田です。


今回は寒い時期にお供のお鍋について調べてみました。

・お鍋の起源について

日本には、縄文~弥生時代ごろから煮炊きを目的とした調理器具がありましたが、鍋状のものが出現したのは鉄器が登場してからです。しかし、これらで作られる料理は汁物や煮物であり、現在の鍋物とは異なるものでした。また、各自が自分の膳で食事をする文化があったため、鍋で作った料理は調理が終わってから取り分けられるものであり、火にかけたままの鍋を直箸でつつくことはしませんでした。

現在の「みんなで鍋をつつく」形が普及したのは、卓袱(しっぽく)料理などの登場によって「ひとつの皿や鍋から料理をいただく」というスタイルが定着した、江戸末期から明治ごろと考えられています。


  • 江戸時代のお鍋

江戸時代の都市部の人口は多く、多くの人々は狭い長屋などに住んでいました。そんな中で普及したのが七輪です。持ち運びできる便利なこの道具によって、鍋を「煮込みながら食べる」というスタイルが登場しました。

当時の鍋料理のメニューはバラエティに富んでおり、「湯やっこ」(現在の湯豆腐)や「どじょう鍋」、帆立貝などの貝殻を鍋の代わりにする「貝焼き」など、今聞いても食べてみたいと思わせる料理がたくさんあります。このころに流行したのが「小鍋立て」といわれるもので、直径20cmほどの小鍋を少人数、もしくは一人で食べるものでした。また、江戸後期の書物には肉や葱を入れた鍋を客に供する記述もみられ、鍋料理が普及していた様子が伺えます。


  • 明治時代のお鍋

明治時代になると富国強兵策がとられ、それまで禁止されてきた肉食が奨励されるようになりました。これにより登場したのが「牛鍋」です。味付けは醤油仕立てのほかに味噌仕立てもあり、横浜や東京に多くの牛鍋屋が開店しました。
牛鍋は有名な仮名垣魯文の『安愚楽鍋』に「士農工商、老若男女、賢愚、貧福おしなべて牛鍋くわねば開化不進奴」と表現されるほど、文明開化の象徴的な存在として流行したものだったのです。
ところでこの牛鍋は現在、「すき焼き」と同じものとして扱われることがありますが、すき焼きの歴史はもっと古く、江戸時代に農耕具の鋤の上で肉を焼いたことからその名がついたという説もあります。


  • 現在のお鍋

ひとくちに鍋といっても、定番の鍋から新ジャンルまで、いまや日本で食べられる鍋は100種類を超えます。
鮭と野菜を味噌味に仕上げる石狩鍋や、鳥の旨味が効いた醤油ベースのきりたんぽ鍋といった「郷土鍋」も、近年は全国各地で食べられるようになってきました。さらに、近年ブームのカレー鍋、コラーゲン鍋といった「新顔鍋」、魚介のうまみたっぷりなフランス・地中海地方のブイヤベースや、辛味がやみつきになる韓国のチゲ、2色のスープで有名な火鍋などの「外国鍋」も人気上昇中です。具材や味付けには決まりはなく、懐の深いからこそ、次から次へと新しい種類が登場する魅力的な料理が「鍋」です。


寒い時期によく家庭で出る料理の一つだと思います。

今はいろんな味のお鍋や、ちゃんこ鍋、すき焼き、もつ鍋など鍋のバリエーションが多いですよね。

今回はお鍋について調べてみました。

次回は関西の粉もん文化のお好み焼きについて調べてみたいと思います。


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